こちらの内容
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0604V_Z01C13A2000000/?df=4
より全文抜粋いたします。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に「和食」の登録が決まり、日本酒への関心も高まっている。しかし相次ぐ食品の偽装は日本酒にも及んできた。目立つのが純米酒に醸造アルコールを混ぜたケースだ。醸造アルコールとはいったい、何なのか。

■原料はサトウキビの搾りかす

「アルコール度数を調整するため、混ぜてしまった」――。11月、神戸市灘区の富久娘酒造は純米酒に醸造アルコールを添加して販売していたことを明らかにした。国税庁の基準では、純米酒の原料はコメと米こうじだけで、醸造アルコールの添加は認めていない。本醸造酒と表記すれば問題なかったが、純米酒として販売していた。同社では現場の判断で4、5年前から行われていたという。

同様のケースは今年に入ってから、次々と発覚した。2月には大阪府阪南市の浪花酒造、10月には徳島県上板町の日新酒類、11月には山梨県山梨市の養老酒造……。

日本酒は本来、コメと水から造られる。醸造アルコールは何のために加えるのか。そもそも醸造アルコールとは何なのか。日本酒造組合中央会に聞いた。

「醸造アルコールは、蒸留を繰り返すことでアルコール度数95%程度まで純度を高めたものです。原料はサトウキビから砂糖を製造する過程で生まれる廃糖蜜が多いですね。いわばサトウキビの搾りかすです。これを発酵させてから何度も蒸留するため、醸造アルコール自体は無味無臭になります」

同会の浜田由紀雄理事によると、醸造アルコールは連続で蒸留する点で酎ハイやサワーなどに使う甲類焼酎と同じ。「焼酎の原料といってもいい」という。最近ではある程度まで蒸留した「粗留アルコール」を輸入して国内でさらに蒸留して純度を高めることが多いようだ。かつては国内でも発酵を行っていたが、副産物として生じる廃液の処理が厳しくなったことで、輸入が大半となっている。

日本酒にはどのタイミングで加えるのか。浜田理事によると、もろみを搾って酒と酒かすに分ける上槽(じょうそう)の直前に投入するという。一般的には上槽の3日前から前日が多い。投入のタイミングを見極めるのも杜氏(とうじ)の腕前だ。

いったんは95%程度まで純度を高めた醸造アルコールだが、投入前に水を加えて薄めておく。度数の高いアルコールは危険物となるので消防法の規制を受け、40%以下での貯蔵が基本。30%程度まで薄めるケースが多いようだ。アルコールを水になじませるため、あらかじめ薄めたものを1年程度寝かせてから加えることもあるという。

■品質安定、香り高める効果も

海外での日本食人気が日本酒の輸出拡大を後押しする(米ニューヨーク)
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海外での日本食人気が日本酒の輸出拡大を後押しする(米ニューヨーク)
 なぜ加えるのか。浜田理事は言う。

 「日本酒にアルコールを加えること自体は江戸時代にもありました。当時はアルコール度数を高めて雑菌を防ぐ目的があったようです。酒かすから造るかす取り焼酎を使っていたようです」

 「戦時中にはコメ不足に対応するため、焼酎などの添加が求められるようになりました。1944年(昭和19年)からです。増量目的でした。戦後もこの流れが続く中で、純米酒より飲みやすいとの評価が生まれました」

 浜田理事によると、醸造アルコールを加えると味がすっきりするという。淡麗辛口になりやすいともいわれている。消費者の間からも、純米酒に比べて飲みやすいとの声があった。

 吟醸酒などの高級酒では、添加数量の上限が定められている。白米の重量の10%以下となっており、増量目的というよりは品質面への効果が期待されている。

 特に注目されているのが香りへの影響だ。「吟醸酒の香りの成分はアルコールに溶けやすい。醸造アルコールを添加することで、それまで酒かすに移っていた香りが酒にとどまるようになったのです」。実際、全国新酒鑑評会では吟醸酒をはじめとして出品される酒の大半が醸造アルコール入りだ。

 時には酒質を安定させる役割も担う。純米酒はコメの品質や気候などに大きく左右される。それが面白みであり酒の個性でもあるのだが、安定した味を求める消費者が多いのも事実。大手酒造会社は純米酒同士をブレンドするなどして味を調整できるが、小規模な蔵だとそうもいかない。今回の一連の混入騒動は、こうした事情も背景にありそうだ。

 ただ、醸造アルコールのこうした「効果」は誤解を招きやすい。外国人ともなるとなおさらだ。日本酒を海外に紹介しているジョン・ゴントナーさんは以前の取材で「米国人に醸造アルコールの話をすると混乱してしまう」と話していた。「安酒には増量目的、高級酒には香りを高めるために添加している」との説明が理解できないようだ。

■日本酒離れも高級酒は堅調

 日本酒の消費量はこの15年で半減した。日本酒離れが叫ばれて久しいが、消費の中身をよくみると、違う風景が見えてくる。

 例えば吟醸酒。日本酒造組合中央会の調べによると、2012酒造年度(2012年7月~2013年6月)は前年度比7%増えた。純米吟醸酒は同8%、純米酒は2%増だ。一方で普通酒は6%減った。純米酒や吟醸酒、本醸造酒などいわゆる「高級酒」を示す特定名称酒の割合はまだ日本酒全体の3割ほどとはいえ、消費者の嗜好は明らかに「質の高い酒」にシフトしている。

海外への輸出も好調だ。貿易統計によると、2012年の輸出量は約1万4000キロリットル。10年前の2倍近い。中でも米国と韓国、香港の伸びが著しい。

 酒類卸大手、岡永(東京・中央)の金子尚恭・国際流通チーフマネジャーは「米国では日本食のヘルシーイメージに加え、コメだけでフルーティーな香りが生まれることへの興味が強い」と指摘する。特に米国、香港、シンガポールはキロリットル当たりの金額でみても突出しており、純米吟醸酒などの高級酒に対する引き合いが強い。将来的には東南アジアも有望市場だという。

■本醸造酒はリキュールと同じ? 税率7倍に

 急速に拡大した日本酒の輸出。実は、米国では純米タイプがほとんどを占めている。なぜか。

 「米国の酒税法では、醸造アルコールを添加したものは日本酒ではなく、税率の高い混成酒に分類されてしまうのです」(中央会の浜田理事)

 日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、米国の連邦酒税では、酒類は大きく3つに分けられる。(1)ビール(2)ワイン(3)蒸留酒――だ。

醸造アルコールを添加していない日本酒(純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸酒)はビールと同じ扱いとなり、醸造アルコールを添加したもの(吟醸酒、大吟醸酒、本醸造酒、普通酒)は蒸留酒扱いとなる。同じ日本酒なのに、別のアルコールを添加したことで、混成酒とみなされるのだ。

例えばアルコール度数が15%の日本酒のケース。純米タイプだと、1ガロン(3.7854リットル)当たり0.58065ドル。これが醸造アルコール添加になると4.05ドルになる。実に約7倍だ。

 これがワインだとどうなるか。アルコール度数14%未満が1ガロン1.07ドル、14%以上21%未満だと1.57ドルなどとなる。

 現在の米国の税制では、醸造アルコール添加酒の輸出は事実上難しい。このため米市場ではほとんどが純米タイプとなっている。日本酒業界には香りの高い吟醸酒を輸出したい声がある一方で、「米国人は『ピュアライス』という響きに価値を見いだしている側面もある」(中央会)とジレンマを抱えている。

一方、同じように別のアルコールを添加したポートワインは、ワインとして分類されている。ポートワインはワインにアルコール度数の高いブランデーを加えたもの。日本酒に焼酎原料を加えるのと似ているが、混成酒ではなくあくまでワインの枠内。日本酒業界では「不公平」との声もある。

 ただ、ワインとポートワインとはそもそも別物との認識が浸透している。間違って買う人がどれだけいるか。これに対し吟醸酒と純米吟醸酒、特別純米酒をどれだけの人が意識しているか。特別本醸造酒もある。わかりやすさという点ではまだ改善の余地があるのかもしれない。

 和食の無形文化遺産登録は、消費低迷が長期化している日本酒にとって反転攻勢のチャンスでもある。海外での販路を広げるためにも、表示の適正化と簡素化が欠かせない。(電子報道部 河尻定)


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